2010年6月アーカイブ

2010年6月 6日

iPadで打ち合わせ。




mtg with iPads. It is confortable browsing visual documents but also web pages. samples, images, homages.



打ち合わせで使うのにとても便利です。




  • オリエンテーション

    • クライアントのWEBサイト、クライアントがイメージしているWEBサイトをiPadのSafariで確認。



  • デザイン案

    • iPadのPDF Viewerで確認。必要に応じて指で部分を拡大。



  • アイディエーション

    • アイデアを出しつつ、SafariでWEBサイトを提示してイメージを共有。



  • 疑問点

    • すぐに検索して確認。





以下は、今後やりたいこと。



  • メモは、PENULTIMATE for iPadに直接記入(要、スタイラスペン)。

    • ※しかし、ノート代わりに使用する場合は、上記のようにsafariを使ったり、PDFを見たりすることが同時にはできない…。PulseのようなデジタルペンでEvernoteに転送されるようなことができたらよいのかも。





…って、これはまだiPadならではの使い方をしていませんね。Zeptopadなどを利用するとよいのかも。


「苦しいときこそ笑顔でいよう、と。」




「とにかく私が笑顔でいなくては、と思いました。苦しいときこそ笑顔でいよう、と。だって、私が落ち込んでいたら、まわりは『やっぱりあきらめるしかないのか』と思ってしまうでしょ?」




読了:『500人の町で生まれた世界企業 義肢装具メーカー「中村ブレイス」の仕事』






先般開催されたホスピタリティビジネス企業認定式において、8番目の認定企業として選出された中村ブレイス株式会社。その式典ならびに会議に同席していた私は、社長の中村俊郎社長のお話に深い感銘を覚えました。



過疎の町においても世界企業となりうる点は、強く共感しました。また、自分自身もそのような企業、もしくは集団を形成していきたいとあらためて思いました。



本書では、中村ブレイスの社風や中村社長の考え方について書かれています。認定式におけるスピーチでも、その和やかなお人柄が感じられ、このようなお方が本当の日本人なのだと、(失礼なことかもしれませんが)そのように思いました。



明治生まれのご両親に育てられ、いまも少年らしさをおもちで若々しく、そして困難に打ち勝っていくことの面白さを胸に抱かれているお姿には芯の強さをも感じます。また、若者の才能やパワーを認め、引き出し、継承させていくことにも力を入れていらっしゃる点は、一企業の経営者であり、親であると思いました。



このような家族的経営(それは血縁の家族という意味だけではなく、そこに集う者すべてが家族という意味において)こそが、今後ますます認められていくように思います。その点に関連して、ブランドと地域を支える観点から、以前よりヨーロッパの家族的(地域文化的)経営に関心があります。




<開催御礼>ホスピタリティビジネス企業認定式・ホスピタリティビジネス企業会議を開催しました - 国際ホスピタリティ研究センター


「夢は快い願望だが、志は厳しい決意。」




「"夢"は漠然とした個々人の願望だが、個人的願望を超えて、多くの人々の夢、多くの人々の願望を叶えてやろうという気概を"志"と言う。夢は快い願望だが、志は厳しい決意。"志"を高くもて」



野田一夫


via. 『GOETHE (ゲーテ) 2010年 06月号』, P.94


読了:『GOETHE June 2010』






avex松浦さんの連載『素人目線』は、エンタテイメント企業という言葉の「企業」という部分への決意が書かれていました。


2010年6月 5日

こども、の図。




110131408


こども、の図。


電車内の新しい座席の図。




110133564


電車内の新しい座席の図。壁に収納されているのをピザの生地のようにひっぱって使用。ピーク時はシートベルトのようにスルスルッと収納されるイメージ。


望遠鏡みたいなデジカメの図。




110130804


望遠鏡みたいなデジカメの図。


発電して充電できる靴の図



110131201


発電して充電できる靴の図。



地面を踏んだときの振動で発電。eneloopを四本入れられます。


ニットみたいなイヤホンの図。



110130437


ニットみたいなイヤホンの図。



PENULTIMATE for iPadを使用して指で描きました。


2010年6月 3日

聴講:伊丹敬之「イノベーションを起す」- 夕学五十講:慶應丸の内シティキャンパス定例講演会




全体のお話の中で、下記3点に共感。



  • 「イノベーションは人間力学。人々が感動してこそ、生活や産業のあり方が変わるほどの需要が生まれる。」

  • 「偉大なイノベーターは、人々の心に火をつける。」

  • 本田宗一郎の言葉:「やってみもせんで、何がわかる。」



とくに、「人々の心に火をつける」という観点は、イノベーターだけでなくリーダーにとっても重要なことです。それさえあれば、メンバーは自走する。


”デザイナーは、あらゆる分野をデザインしなければならないのです。”




「デザイナーは何も特別な存在ではありません。他社と同じように、社会に対する義務を背負う一市民なのです。我々の役割は、技術や科学的実証など一般の人には何回な内容を、詩のように美しく、誰もが理解できる形式にかみ砕き、デザインとして端的に表現することです。だから、デザインに境界があるなどという考えは、それ自体がナンセンス。デザイナーは、あらゆる分野をデザインしなければならないのです」



フィリップ・スタルク


via. 『Pen 2010年 6/15号』, P.80


”現代は戦争や貧困、環境の危機に直面しているというのに、それらに緊急に対応するためのベストな道具をデザインが生み出しているとは、私には思えない。”




「(デザイナーを辞めるという)発言の真意が、報道によって歪曲されてしまったようですね。私は、いまのデザインが明確な役割を果たしておらず、使い物になっていないと言ったのです。ある時代、ある瞬間において必要とされる道具があり、それが発展して文明が誕生します。デザインは、そのために効果的に働き、生み出されていかなければならないのです。しかし、現代は戦争や貧困、環境の危機に直面しているというのに、それらに緊急に対応するためのベストな道具をデザインが生み出しているとは、私には思えない」



フィリップ・スタルク


via. 『Pen 2010年 6/15号』, P.80


”常に心がけていたのは、アートの哲学を教えるということ。”




「1980年代以降、渡しは教育者として、ミラノのドムス・アカデミーやミラノ工科大学で多くの学生を育ててきた。その間、常に心がけていたのは、デザインの技術ではなく、アートの哲学を教えるということ。大切なのは、人として独立することと、デザインの核となる創造力を磨くこと、そして人間性を養うことだからです」



アンドレア・ブランジ


via. 『Pen 2010年 6/15号』, P.76


読了:『Pen 2010年 6/15号 - Q&Aで学ぶデザインの教科書』






いわゆるデザインの特集。それもそれで多くのデザイナーが登場していて面白い。一方でイン神山の事例が紹介されていたのが興味深い。



プロダクトからプロジェクトへ。そして、プロジェクトの中のプロダクトと再編集されていくのがこれからのデザインかもしれない。全ての創作物には全体の世界観や思想=プロジェクション(projection)のストーリーの中から生まれてくるもの。そこには、ソリューションよりもまずはイマジネーションが求められる。


”デザインに求められる質の高い創造。”




「個人がそういうことを認識して、いろんな分野で動き出している気配は強く感じています。小さな動きでも、結局それが世の中の歪みを矯正していくのではないでしょうか。デザインは広告で紹介されるものでも、買ってくるものでもなくて、人が毎日の生活をいかに大切に慈しむか、そういう土壌の上に育って、花を開かせるものだから、繊細で新鮮な目で毎日の生活を観察し、覚醒し、まずは自らの生活文化をきちんと耕すこと。そこから始まるような気がします。



『精神の風が、粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる』というサン=テグジュペリの言葉(『人間の土地』内藤濯訳)があります。生活哲学という精神の風を、人に、素材に、技術に、吹き込むことで、私たちは、初めて、『粘土の魂』や『技術の魂』を超えるものを、創ることができるのではないでしょうか。それによって、『モノ』は、便利でお得なだけではない、息遣いが聞こえるような生活の要素になるのではないかと。これからは、そういう質の高い創造が、デザインに求められる時代になるのではないかと、そんなふうに感じています。」



阿部 雅世


via. 『なぜデザインなのか。』, P264


”『感覚の平和』”




「イギリスのグラフィックデザイナーで、昨年亡くなったアラン・フレッチャーが書こうとして未完に終わった著書のタイトルは『感覚の平和』だったそうです。どんな内容かは残念ながらもうわからないけれども、この書名には大いに触発されるものがあります。その言葉を使うなら、『感覚の平和を目指して世界を調停していく力をデザインと呼ぶ』と。」



原 研哉


via. 『なぜデザインなのか。』, P251


”自分の人生ぐらい。”




「家での教育は、私にとっては普通でしたけれど、外から見たらきっと筋金入りのリベラルですね。自分の人生ぐらい自分で決めて、自分で責任を取るものだ。自分の判断能力を持たぬことほど生きていくのに危険なことはない、と、そういう哲学を持った、昭和一桁世代の良心に育てられましたから。」



阿部 雅世


via. 『なぜデザインなのか。』, P178



共感。


”「オレたちは子どものころからミケランジェロを見て育っているんだ。」- エンツォ・マーリ”




「ドイツは知識と技術で、イタリアは本能でデザインしている、という感じかしら。イタリアはつくづく天才の国だなと思う。突出した才能に対する敬意の払い方が尋常ではありません。一所懸命よくがんばったなんていうのは、イタリアでは評価の対象にもならない。天才が神業でゴールを決めるところに、もう手放しで涙を流して酔うんです。それに対してドイツは秀才の国ですね。知識と技術を身につけ、論理を確立して、訓練された優秀な人が多い。平均すると点数が同じぐらいになるんでしょうけれど。



でも、エンツォ・マーリのその言葉(「オレたちは子どものころからミケランジェロを見て育っているんだ。」)は重たいですね。ミケランジェロを見て育つということは、目が超えるということ。にせものでは満足できなくなることです。イタリアは『美しい bello』という言葉を、ナポリの貧民街にいる子どもでも使います。機能するだけじゃ満足しないんです、美しくないと。人の美醜にもうるさいし、数学であろうと、外科の手術であろうと、本能を満足させる芸術的な美しい解答を求める。技術だけではだめで、芸術点も高くないと人が満足しない。こういう本物を見て育っている人たちの国では、デザインはいやおうなしに鍛えられますね。」



阿部 雅世


via. 『なぜデザインなのか。』, P175


”ジオ・ポンティのような明快なヴィジョンを持つ者。”




ジオ・ポンティのような、イタリアの手工業に対する明快なヴィジョンを持ったいい建築家がいて、弱小の家具産業を自立させるためのロードマップづくりをしっかりやった。手だけ動かしていただけのところはいま、滅びつつありますが、イタリアは未来のヴィジョンを持ってやっていたから、こんな時代になっても強い。」



阿部 雅世


via. 『なぜデザインなのか。』, P172


”イタリア人の手、日本人の手。”




「イタリア人の手というのは、頼まれた以上のものをつくる。だからすごい。それは日本人の手も同じです。いい職人の手はおしなべてそういうものなのかもしれませんが、手の中に脳みそが入っている。こうした方がもっとよくなるだろうというものを生み出すことに快感を感じている職人さんが、イタリアにはたくさんいる。もちろん戦争のあと、残ったものでなんとかしなきゃということで発揮された部分も大きいと思いますが。」



阿部 雅世


via. 『なぜデザインなのか。』, P171-172


”何人もでシェアをすることが原点。”




「ええ。いま私がベルリンで住んでいる築五〇年の集合住宅には、各建物に共同の洗濯場がついています。同じ時期に郊外につくられた、ル・コルビュジエのユニテ・ダビタシオンもそうです。そこに洗濯機も乾燥機もあるから、家の中に洗濯機を持たなくていい。毎日使うものはともかくとして、そうでないものは共有することで、自分の家の中にすべて持ち込まなくてもすむ。あのころの建築家というのは、一応はみんな社会派ですから、都会に人が集まって気持ちよく暮らすためのルールをきちんとわかっていて、それが、建物の中にデザインしてあるんですね。



一家に一台、一人一台っていうのは、かつては大量生産、大量販売の目標だったかもしれないけれど、これからは一人一台の安物を買わせるのではなくて、値段は高くても、質のいいもの、長持ちするものを、何人もでシェアをすることが、本当に高級なものをつくる、あるいは所有できる原点になるのかな、と思っています。本当に質のいいものは、そう安くは作れないからね。」



阿部 雅世


via. 『なぜデザインなのか。』, P135-136


”空気の量。”




「出窓が二つある狭いワンルームだったんですけれども、天井が三メートル半くらいはあったのかな。あそこに住んだ時に、心地よさと豊かさっていうのは、ある意味、空気の量だなと思いました。同じ広さでも、天井が低いと、たぶんもっと圧迫感があるはずです。いまはなんでも平米で換算するでしょう。だけど体積で生活空間を換算するようになると、豊かな空間ってずいぶん増えてくると思いますね。」



阿部 雅世


via. 『なぜデザインなのか。』, P135


”日本は文化で世界に貢献するべきだと痛切に思った。”




「たしかに、受け入れるだけではなく発信するというのは、いまの日本にとって、本当に大切なことですね。柳宗悦さんが、昭和五年に、ハーバード大学で『日本における美の標準』という講義をしたのちに、日本は文化で世界に貢献するべきだと痛切に思った、ということを書いておられますが、それから八〇年近くもたったいま、孫、ひ孫のような世代の私たちが、いまだに手土産持って、教えていただきにあがるばかりだとしたら、恥ずかしいことだと思います。」



阿部 雅世


via. 『なぜデザインなのか。』, P84


読了:『iPadショック iPhoneが切り拓き、iPadが育てる新しいビジネス』






iPadは変化の入り口。サービスをデザインするという観点でも興味深い。


2010年6月 2日

大人の英語講座 KMD流








  • 大人の英語の目標:TOEFL600点・TOEIC900点

  • きちんと記録をつける。

  • ステップ1 試験をまず受ける

  • ステップ2 考え方を変える 音から作る

  • ステップ3 音読と簡単な英文法を身に付ける



レッスン1



  • 課題1:『英語耳ボイトレ』Lesson1からLesson5 Exercise 3 をCDにあわせて音読

  • 課題2:『マーフィーの法則で英語耳』Murphologyを毎日5回繰り返す



レッスン2



  • 課題1:『英語耳ボイトレ』Lessen5 Exercise4, 第3部 Lesson6 Exercise 7, Exercise8 第4部「ァ系母音」の発音を極める



レッスン3



  • Step1 多読する

  • Step2 正確に読む

  • Step3 ディスコースを掴む

  • Step4 Voiceを掴む



レッスン4



  • ステップ1: テキストを読むのがよく分からなければ、発音記号をつけてみよう。

  • ステップ2:次に口をならす。

  • ステップ3:メトロノームを使う

  • 正しい読解のための12のヒント

    • 1:辞書を気軽に使う。

    • 2:文脈・前後関係に気をつけよう

    • 3:一般常識、勘、想像力など。

    • 4:描出話法に注意する。

    • 5:仮定法への配慮

    • 6:時制を重視する

    • 7:イディオムに注目

    • 8:自動詞と他動詞、比較級の否定

    • 9:文と文の関係に気をつける

    • 10:筆者の姿勢と文の調子

    • 11:論理的な整合性をおいかける

    • 12:深く読む



  • 参考書籍:『英文快読術 (岩波現代文庫)



レッスン5



  • 音読の段階

    • 1:音読のテキストを決める

    • 2:模範の発音を聞いて、テキストの意味を理解する。

    • 3:単語レベルでの発音が出来るようにする。

    • 4:途中でつっかえずに曲がりなりにも最後まで発音できる。

    • 5:構文的な切れ目と音読との関係が理解できる

    • 6:日本語訳に頼らずに意味が文の先頭から自然にとれる

    • 7:イメージが生き生きと実感できる

    • 8:朗読していて自然さと楽しさが出る

    • 9:テキストの例文の応用可能性にどんどん気がつく

    • 10:英語力が広がっていく可能性を実感できる。



  • 参考書籍:『國弘流英語の話しかた



レッスン6


読了:『COURRiER Japon - vol.068 特集-アップルが世界を変える。』




http://courrier.jp/



iPad発売に合わせた特集。iPad&Apple礼賛だけでなく、タブレット型PCのライバルやAppleのユーザー囲い込み戦略についても触れています。



iPadを日本発売日から利用していますが、賛否両論を様々なところで見聞きしていろいろと感じることがあります。一つ言えることは、この領域(=携帯でもPCでもない××)において、手が届くもっともわかりやすい最初のデバイスだと思いました。



個人的な関心としては、ここから何が変化し、推移していくのかということに興味をもっています。



以下、iPadに関するTweetsです。




  • 情報・コンテンツ・サービスデザインが変化する契機となる最初の端末。iPad自体で何かが変化するわけではなく、そこからインスパイアされて生み出されるコンテンツ・サービス・アプリ・スタイルがどう推移していくか注目です。10:47PMMay30th




  • 次のiPadが登場するころまでに初期iPadを体験し尽くしたクリエイターが何を生み出すか。そのことが楽しみ。10:49PMMay30th




  • iPadを含めて、現代の商品の一つ興味深い点は、そのモノによって自分(使い手)自身がどう変化するところにあります。未知に触れたとき、それをどう自分のものとするか、そこから何を考えるか。そして、自分だったらどうするか、したいか。10:51PMMay30th




  • そのようなことを考えるインスピレーションの源泉としてiPadは最適ではないかと考えています。10:51PMMay30th




  • JobsがiPadをこの世に送り出した1つおもしろい点は、先日のグエナエル・ニコラさんの「LINE」の考え方にも通じるところです。ニコラさんは朝起きてから夜寝るまでの時間のLINEをひいてみて、そこに細かな目盛を打って、それぞれにどんなプロダクトが提供できるか考えると言って→10:52PMMay30th




  • →いました。iPadは、起きてから寝るまでのユーザーの生活の中に、MacBookとiPhoneの間を時間的につなぎうるプロダクトとも言えます。10:54PMMay30th




  • またiPadによって再び実感したことの一つとして、(海外のことを知らないので一概には言えませんが)日本は喜べない(喜びにくい)社会だなぁと思ったということ。iPadを手にして素直に喜んでいる方は、おめでとうでいいと思う。それを、乾いた目で見てしまうのは残念。11:01PMMay30th




  • そして何かを言われることを気にしてオトナのように、感情を表に出さなくなることも。11:01PMMay30th




  • 先日とある会議にて、ある経営者は「未来はとても遠い先にあるのではなくて、今ここにあるもの」と言っていました。そして、「今ここにあるものであり、見えている人には見えている。それは見ようとしなくては見えないもので、見ようと努力してようやく見えてくるもの。」と。11:06PMMay30th




  • とくに、次をつくる人、次をつくろうとする人は、未知のものに進んで触れる方が良いのではと思います。そのことを昨年あたりからよく意識しています。(ドラクエでも同じ。同じ場所で戦っていたら経験値は上がらない。)。11:11PMMay30th




  • iPadでなくてもAndoroidタブレットでも題材は何でも良いと思う。要はその題材を通してどうして創り主はこのようなモノを生み出したのか、その延長線上に何を考えているのか、ここから何が変化していくのか、それをみすえることが大切ではないかと思います。そして行動を起こすことも。11:14PMMay30th




  • iPad等の端末では、電子書籍という言葉で想像される範囲の書籍ともWEBとも違う、例えばワシントンD.C.にあるNEWSUM(インタラクティブミュージアム)のような情報自体・コンテンツ自体をデザインし抜く考え方になっていくと思う。http://www.newseum.org/11:19PMMay30th




  • もちろん、電子書籍という「書籍」自体はなくなるものではないと思います。11:22PMMay30th




  • 最後に、iPadに触れてみて、モノとしての大きさと、モノとヒトとの距離感がこれだけ「体験」に影響を与えることに気づかされました。ノートPCでもデスクトップモニタで見るのとは違う体験がありました。距離感やモノを含めた空間(とくに狭い空間)のデザインは日本にこそ強みが→11:25PMMay30th




  • あったのではと、ニコラさんの「狭い場所のデザインは日本はすごい。」と言っておられたことや、先日のインテリアに関心がある留学生も、「日本は狭いけど、その中の工夫やデザインはすごいと思う」という言葉が思い起こされます。11:26PMMay30th




  • あるアプリで黒背景で人物がこちらに身振り手振りでこのアプリの解説をしている姿などは、こういうビデオメールが今後登場するのではないかと思わせたりもします。パーソナルな関係がデザインされている好例ではないかと思いました。11:29PMMay30th




  • Design=Solutionではなくて、Design=Creation、それが結果的にSolutionになるような、何か心揺さぶる新しいものを生み出すことがいま求められているような気がします(そういうものを体験したいです)。そのためには、やはり実験精神が大切。11:33PMMay30th




  • Sense of wonderを忘れず、物事をDiscoverしていくこと。そこには好奇心が必要。これもニコラさんが気づかせてくれたことでした。11:35PMMay30th

2010年6月 1日

VISIONARY INSTITUTE - 2010 Seminar:第3回 - 意識のイノベーション 未来を予見するアート:伊藤俊治先生(東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授)




申込受付が開始されました。






第3回 意識のイノベーション 未来を予見するアート


未来学者ジェローム.C.グレン氏は、その『フューチャー・マインド/意識とテクノロジーの融合』(阪急コミュニケーションズ 1994/04)で、ポスト情報化社会とは“意識テクノロジー”の時代であり、科学技術だけが支配する非人間社会の到来阻止のため、人間の直観力に基づく神秘的な力と新しいテクノロジーの良質な融合こそが、健全な個人の自己認識と社会を成立させる重要なファクターになるだろうと予測しています。


またグレン氏は、未来予測や未来研究の方法とは「かくなるであるという単純予測」と「かくありたいという願望予測」の一致へ向けて、現在の意思決定をより望ましい方向へ導くことであるとも指摘しています。





未来派やバウハウスから、ポップ・アートやコンセプチュアル・アートまで、アートはこうした未来を予測し、予見する役割を果たし、アーティストは未来のセンサーとして機能してきた長い歴史があります。


コンピューター・テクノロジーとネットワークを核にした先端芸術であるメディア・アートも20世紀末から21世紀にかけて大きな展開を繰り広げてきました。





例えば、19世紀の写真というテクノロジーの誕生は、それ以降の絵画を変えたばかりではなく、それまでの芸術形式や芸術行為の意味を変え、さらには芸術と社会の関係までも変えました。同じようなことは映画やTV、ビデオやCG(コンピュータグラフィックス)VR(ヴァーチャルリアリティ)の誕生にもいえます。


現在は、ネットワーク的状況が従来のメディア構造を変質させ、芸術のあり様の転換を迫っています。





つまり、写真以降の多彩なメディア、テクノロジーが混在し統合してゆくネットワーク的状況は、さまざまなカテゴリーやジャンルを解体し、新しいリアリティや実践の場をつくり、知覚や感覚の拡張、自己と他者の関係、アーチストと受け手の位相を再定義することを迫っています。





そして、ネットワーク的状況の中で、アートはますます心と身体の関係や、精神と物質の関係といった本質的な問題に踏み込まざるをえなくなっています。


意識とは何か、知覚や感覚とはどのように働いているのか、精神とは誰のものなのか、といった問題にアートは入り込んできています。





こうした新しいアートの動向を、具体的に紹介し、原始的な芸術との対比も織り交ぜながら、新しい意識テクノロジーについて、伊藤俊治氏にお話いただきます。


アートを“関係創出の技法”として捉え、これからの新しい社会創造や、よりよいビジネス創出のために、人間の想像力と創造力の根本についての示唆に富んだ講演は貴重な機会です。